ゆにこさんより(挿絵)

昔書いた熾月さんと彼女と女の子の幽霊のお話を修正したもの。お話のイメージで一枚頂いたのでそちらも合わせて。

 

◇ ◇ ◇

 

「ねぇ、熾月くん。そろそろ見て見ぬふりは難しいかな……」

とある日の昼下がり、少しだけ遠のいている陽の光を避けるように、二人は木陰のある公園のベンチで涼んでいた。
彼女は先程から何かを気にかけるようにチラチラととある場所に目を向けていたのだが、同じように“気づいてはいる”のだろうが、かといって何も切り出そうとしない熾月に痺れを切らして、そう口を開いたのだ。

彼女が気にしている方へ同じように熾月も目を向け、そして深くため息をつく。
陽は少し落ちてきたが、それでもこの春の陽気には少し過剰すぎるくらいの厚手のコートを着込んだ4、5歳くらいの女の子が、二人の姿を離れた場所からじっと見つめていた。

この公園には入ってからだいたい20分ほどが経っただろうか。その女の子は、二人が公園に入ってきた瞬間からずっと様子を伺うようにして後ろをついて来ていた。
しばらく経っても親らしき人間が来ないどころか、季節外れのコートに身を包んでいるのを見る限り、その女の子はこの世ならざる存在だということは検討がつく。

――休みの日くらい、霊の類のものとは切り離した生活が送れないものか。

今日は彼女と過ごせる久しぶりの休日だからと、人出の多い休日にも関わらず、身体に鞭を打つような勢いで外出をしたというのに非常についていない。
熾月はため息をつくと、自分たちを熱心に追いかけていたその女の子に目を向ける。

「俺たちに何か用でもあるのか?」
『っ!』

熾月に突然声を掛けられた女の子は、瞳を丸くしながら肩を大きく震わせた。しかしすぐに周りをキョロキョロと見渡し始める。自分に声が掛かったわけではないと思っているのだろう。
熾月は女の子に向かって再度「お前のことだ」と付け足すと、腰掛けていたベンチから立ち上がった。

『おにいちゃん、わたしのこと、みえるの?』

こちらに近づいてくる熾月に、女の子は驚いた様子で口を開く。それに軽く返事をしながら、熾月はどうしたものかと考える仕草を見せる。

子どもの霊なんて、今までにも何度か遭遇したことはあった。しかしこんな風にこちらに接触を試ることはあまりなかったため、そういう場合は何もせず放置してしまうのが一番いい対処法でもある。
彼女に言われるまでもなく、熾月自身この公園に入ってきてから、この女の子の存在は把握していたが、今回もいつも通りそのまま切り抜けようと考えていた。
だが、お人好しの彼女がそれを良しとするはずもなく。

熾月に声をかけられた女の子は、自分のことを認識してくれたことが嬉しかったのか、嬉しそうに顔をほころばせた。

『あのね、ここにきてくれるひとたちと遊びたくて、ずっとここにいたんだけどね、だれもわたしのことに気づいてくれなくて、ずっと寂しかったから、うれしい』

女の子の言葉を聞いて、熾月の後を追うようにして女の子の傍に寄った彼女は表情を歪めた。
ここから少し離れた砂場やブランコでは、女の子と同じ年頃の子どもたちが楽しそうに駆け回っている。この子もきっとその輪の中に入りたかったのだろう。
でも、声を掛けても、その姿は、声は、その子たちに届くことはない。それでも健気に声をかけていたであろうその姿を想像して、彼女は心を痛めた。

「子どもだからって、あまり肩入れするなよ」

女の子と視線を合わせるようにしてしゃがみ込んだ彼女に熾月は忠告する。彼女は前にも霊と深く関わりを持ったことで危険な目にあっているというのに、彼女はその言葉に「分かってるけど……」と渋る様子を見せた。

「でも、どうにかしてあげられないかな?」
「はぁ……。またお前はそうやって」
「誰かと遊びたいって想いがこの子の未練なら、叶えてあげられるんじゃないかなって思って。……ダメ?」

ダメだ。と返したところで彼女はその言葉を受け入れないだろう。きっと自分に隠れてこの子の未練を晴らそうと、一人で奮闘するのは目に見えている。
熾月は諦めたように本日何度目かのため息をつくと、「少しだけだからな」と渋々それに了承した。彼女と女の子はその言葉を聞くと、嬉しそうに互いをみやった。

「全く、せっかくの休みだってのに。念のため陰陽寮に連絡は入れておくか」
「ありがとう、熾月くん」
『おにいちゃんもいっしょに遊んでくれるの?』
「……生憎だが俺は、子どもの頃に誰かと遊んだ記憶なんてないし、何もしてやれないぞ」
「そこは任せて!」

気まずそうにそう口にした熾月に、彼女は張り切った様子でそう答える。そのやる気に満ち溢れている彼女の目を見つめて、熾月は少し毒気を抜かれたようにその口元に苦い笑みを浮かべた。

 

◇ ◇ ◇

 

それからは女の子のやりたいことを聞いて、それを一つ一つ叶えていく。女の子からの“お願い”は「一緒に砂のお城を作りたい」や「ブランコに乗りたい」など些細なものではあったが、熾月や彼女を通して、たまに他の子どもたちに混ざることで、女の子は他の子どもたちと同様、笑顔を浮かべていた。
その子どもたちの輪から抜けて、今度はブランコの鎖に手を伸ばす。そして女の子は足をぶらぶらとさせながら軽くブランコを揺らすと、遠くの方で両親や友人たちと遊んでいる子どもたちに目を向けて、羨ましそうに瞳を細めた。

『いいなあ』
「? あの人たちがどうかしたの?」
『ううん、ああやっておとうさんやおかあさんとも、一緒にあそんでみたかったなぁって』
「親に遊んでもらったこと、ないのか?」
『……わたしね、おとうさんとおかあさんのこと、しらないの』
「知らないって……、身寄りがなかったってことか」
『でもね、おともだちはたくさんいたから寂しくはなかったよ』

女の子の話を聞くと、どうやら生前は無責任な親によって施設に預けられていたらしい。彼女はその話を聞いて「友達がいたのならよかった」と言葉を返すが、その瞳は少し揺らいでいた。
熾月も隣でその話を聞いていたが、幼い頃に母と死別した自分ですら、その頃の遊び相手には母親がいてくれた。一番甘えたい盛りの頃に、その存在がいないという痛さは嫌でも理解できてしまう。

ひとり寂しげに地面を蹴りながらブランコを揺らす女の子を見つめ、熾月はらしくはないと思いながらも口を開いた。

「……おい、まだ他に何かやりたいことはあるか?」
『え?』
「まだ遊び足りないんだろ。最後まで付き合ってやるから、やりたいことがあるなら言え。叶えられる範囲は叶えてやる」
「……ふふ。珍しく熾月くんがやる気だ」

女の子の話を聞いて少し自分と重なる影があったのか、そう女の子に言葉をかける熾月を見つめて、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 

◇ ◇ ◇

 

『おにいちゃんとかくれんぼがしたい!』

――と、女の子がそう言ったのは数十分前のことだ。
特にじゃんけんをするでもなく、勝手に鬼に任命されてしまった熾月は公園内を探し回ることになった。彼女も共に隠れるように女の子に言われ、この公園のどこかに身を潜めている。

「クソ……どこにいるんだよ」

これならまだ怨霊の行方を追う際にも使う卜占を使ったほうが、手っ取り早く終わらせられるんじゃないのか。そう思いながらも、隠れる前の彼女に「ズルはダメ!」と釘を差されてしまったのだから自分で探す他ない。
やれやれとため息をつきながら、ふと四隅に植えられている低木の方へと視線を向けると、何やら焦った様子で頭を動かしている人間の姿が目に入った。

「うう……木に髪が引っかかった……取れない……」

小声ではあるが、聞き馴染みのある声だ。その声のする方へ向かうと、低木に合わせて身をかがめていた彼女の姿があった。

「何してるんだよ」
「わっ! あ、見つかっちゃった……」

上から声をかけると、驚いた表情で彼女が熾月を見上げた。それと同時に、低木の枝に絡まった彼女の髪の毛がピンと糸を張る。

「痛っ」
「枝に絡まったのか」
「全然取れなくて」
「ああ、切れるからあんまり動くな。取ってやるからじっとしてろ」

熾月は枝に絡まった彼女の髪の毛を指先で丁寧にほどくと、最後は彼女の頭を撫でるようにして毛先を指に巻き付けて、そのまま指先を滑らせた。これでいいと満足げに瞳を細める熾月を見つめて、彼女は照れくさそうにありがとうと一言つぶやく。

「……でも熾月くんって、適当なのか丁寧なのかよくわからない」
「なんだよ」
「なんでもないです」

苦笑いしながら首を横に振り、「あとはあの子を見つけるだけだね」と改めて笑顔を向ける彼女に頷きながら、熾月は再び公園内に目を向けた。

 

◇ ◇ ◇

 

「全然見つからないんだが」

彼女を見つけて数分後、熾月は再び公園内を探し回ったが女の子の姿はなかなか見つからない。たまに移動しているのだろうか。だとしたら見つけるのは至難の技だろう。

「ったく、怨霊の方が素直に出てくるぞ」
「怨霊って……」

面倒そうに眉を顰めた熾月を見つめて彼女は苦笑いした。熾月は降参だと言わんばかりに彼女の座るベンチの隣に腰掛けると、再び公園内を見渡す。

「熾月くん、降参?」
「…………降参、だ」

そう呟いた熾月の表情は少し悔しそうにも見えた。なんだかんだで負けず嫌いな面もあるのだろう。
彼女はふっと笑うと「だ、そうですよ?」と含みのあるニュアンスでどこかへ投げかけた。

『やったあ! わたしの勝ち? 勝ち?』
「っ!」

熾月の座っていたベンチの後ろから、女の子が興奮した様子で一気に飛び出してきた。熾月はらしくもなく身体をびくりと震わせると、ベンチの背もたれに手をついてそちらを振り返る。

「はぁ……お前、そんなところにいたのか」
『ずぅーっとここにいたよ? おねえちゃんは気づいてたけど、おにいちゃんは他のところばっかりみてたね!』
「……くそ」

灯台下暗しとはこういうことか。彼女を見つけて満足したせいか、この周辺への関心が薄れていた。
肩を落とす熾月とは対象的に、女の子は満足そうに公園内を大きく駆け巡ると、スッキリした表情で二人の前に立ち止まった。

『えへへ、きょう、すっごく楽しかったよ』

あどけない笑顔を見せる女の子の表情とは対象的に、その身体が春の日差しの中へと溶け込んでいく。
――お別れの時間がやってきてしまったのだろう。

彼女には、これだけの笑顔を見せてくれる女の子の姿と、春の日差しに溶けていくその姿が不釣り合いのようにも思えた。
それでも、何かに惹きつけられるように、その姿から目が離せないでいる。

『楽しかった……。だから、まだ、いきたくないなぁ。ずっとこうして、おにいちゃんとおねえちゃんと、いっしょに遊んでいたいなぁ』

少し寂しそうに二人から視線を外し、震える声を抑えるように唇を噛み締める女の子を見つめ、彼女は思わず女の子の傍へと駆け寄った。
頭を撫でたところでその手は通り抜けてしまうが、視線はこうして合わせることができている。彼女は不安がる女の子を安心させるように優しく口を開いた。

「大丈夫だよ。きっと、これは最後じゃないから。むしろ、これからいっぱい遊べるはずだよ」
『……ほんとう?』
「うん。次はきっと、優しいお父さんにお母さん、お友達ともたくさん遊べるはずだから」
『おとうさんと……おかあさん……』

だから次の人生はどうか、この子が優しい両親の元へと導かれますように。そんな想いを募らせながら、消えゆく女の子の姿を見つめて彼女は目尻に涙を浮かべる。そんな彼女の頭を優しく撫でながら、熾月も女の子の傍に寄った。

「それに、これからもたくさん遊びたいなら、ここにいても仕方ないって、お前も分かってるはずだろ」
『おにいちゃん……』
「だったら、とっとと転生でもして、こっちに帰ってこい」

力強いその言葉に、女の子は大きく目を見開いた。そして少し恥じらった様子で小さな指先をきゅっと握りしめると、意を決したように二人を見据える。

『――じゃ、じゃあ、おにいちゃんとおねえちゃんが、いつか、わたしのおとうさんとおかあさんになってくれる?』
「……え?」
『わたし、おにいちゃんとおねえちゃんともっと遊びたい。つぎもいっぱい遊んでもらいたい!』

それって、つまり、そういう――?

女の子からの切実な“お願い”に、彼女はいくつか瞳を瞬かせた。頭の中に押し寄せてくる思考に呑まれながら、自分の中でその答えを正確に導き出そうと言葉を噛み砕く。
それを隣で同じように聞いていた熾月は、少し考えたあとふっと唇に笑みを灯し、未だうまく言葉を飲み込めていないらしい彼女の代わりに口を開いた。

「そうだな。神様とやらに“お願い”すれば、叶えてくれるかもしれないな」
『!!』
「し、づきくん……!?」
『ほ、ほんとうに? ぜったいだよ? ぜったいだからね!?』
「だから、それは神様とやらが決めるんだろうから、叶えてもらえるようにあの世にいったらいい子で頑張れよ」
『うん……! わたし、がんばる! また会えるように、がんばるね!』

熾月の言葉に女の子は今日一番の笑顔を見せると、ふわりと風に舞い上がるようにして春の日差しの中へと溶けていった。
女の子のいたその場所を見つめ、彼女は熾月の服の袖をぎゅっと握りしめると少しだけ肩を震わせながら問いかける。

「熾月くん……その言葉の意味、分かってる……?」
「なんだよ、考えなしに俺がこんなことを言うとでも思ってるのかよ。……いや、確かに考えなしに動くこともあるが」
「熾月くん?」

熾月自身も普段の行動に思い当たる節があるのか、少しだけ視線を泳がせるが、彼女にじろりと睨まれて苦笑いをしてみせた。
その後「悪い」と一言だけ呟き、改まったように軽く咳払いをすると、風に揺れる彼女の細い髪の毛を指先で手繰り寄せる。

「流石に今回のは軽い気持ちでなんて言ってない」
「……本当?」
「本当。あいつにもああ言ったんだ。俺らもあいつに恥じないように頑張らないとな」

春のそよ風に誘われるように、熾月は手繰り寄せたその指先にそっと口づけた。