欲しがりさん

鏡を見る度、必ず目に入る位置に、赤い印が咲いている。隠すようにそっと指を重ねれば、赤く色づいた時のことを思い出して、顔が熱を持った。
痛みまで蘇った気がして、慌てて顔を振って追い払う。意地が悪い、と独りごちれば、脳裏に浮かぶ彼が鼻で笑ったような気がした。
跡を付けられてすぐは、嬉しさで一杯だったけれど、落ち着いて一人になると気恥ずかしさが先に立つ。鏡を見る度、顔を赤くして跡を隠すようになった。次第に癖になったのか、授業中や気が緩んでいるときなど、ふとしたときに服の上から同じ箇所を触ることが多くなった。

「最近ずっと、同じところ触ってるみたいだけど、怪我でもしたの? 痛い?」
「えっ」

友人に指摘されるまで全く気付かなかったのだから、無意識というのは恐ろしいなあと痛感した。
数日もすれば、色は段々と抜けていく。もう指で隠さなくても、目を凝らさなければ跡があったとは分からないくらいだ。しかし、一度ついた癖を矯正するのは難しくて、やっぱり気付けば、跡のあった場所を触っていた。それは、熾月くんのお仕事を手伝っているときだって、例外ではなかった。

「癖なのか」
「癖?」

唐突に尋ねられて、顔を上げて首を傾げれば、熾月くんは静かに私を指差した。示される先を目で追えば、服の上に添えられた、私の手に行き当たる。と、同時にかあっと頬が熱くなって、「なんでもないよ!」と言い訳にしてはお粗末な言葉が口をついた。
しばらく私をじっと見ていた熾月くんは、緩やかな動作で頬杖をつくと、「ふうん」と唇の片端を持ち上げる。

「なんだ、また欲しいのか」

彼が発した言葉の意味を噛み砕いて飲み込むまで、数秒。ただでさえ赤かった顔が、さらに熱を持つ。

「な、ななな、なんで!?」
「覚えてるからな。そこに付けたやつが、一番綺麗だった」
「なー!!?」

くつくつと、喉を鳴らして笑う熾月くんは、とても楽しげに見える。けれど、私からしたら全然笑い事じゃない。まさか本人に、癖も、その原因まで見抜かれてしまうなんて!

「そろそろ消えてきた頃か。今夜にでも付け直しておくか」
「けけけ結構です!」

慌てて首を振って否定するが、熾月くんは楽しそうに笑うばかり。

「嘘つき」
「嘘じゃない!」
「あんな可愛いおねだりの仕方しておいて?」
「違うからー!」

いくら言い返しても、熾月くんは私の言うことなんて聞く耳持たない。仕事を終わらせ、手を掴まれてしまえば、行き先なんて分かりきっている。

きっと明日になれば、また顔を真っ赤にして、鏡の前で跡を隠す私が居るんだろう。


リプで「熾月さん『なんだ、また欲しいのか』って言いそうだよね」ってもかちゃんが返してきてあまりにも天才すぎて私のツボに刺さりまくったので「ください!!!!」と言って書いていただいた。(乞食め)