夢より恋し

大きな掌が頭を撫でる。頭を、というより髪を、が正しいだろうか。彼のために、シャンプーもリンスも少し高いものに変えたことも、ブローだってずっと丁寧にするようになったのも、とっくに気付かれている。
さわりと揺れる髪が首をくすぐった。思わず声を漏らせば、もっと聞かせて、とねだられる。意地悪な彼は、案外私が素直に甘えるのを喜んでいるところがある。

「くすぐったいよ、熾月くん」
「そうか?」

くすくすと笑う声はするけれど、頭を撫でる手は止まってくれない。彼のために伸ばした髪が、耳を、頬を、首を撫でては離れるを繰り返す。せっかく丁寧に梳いてきたのに、あっという間にぼさぼさだ。咎めるように名前を呼んでも、笑うばかりで反省した様子が無い。もう、彼氏の前でくらい可愛い私でいたい、っていう彼女心、分かって欲しいんだけど!

「熾月くん」
「はいはい、悪かった。やり過ぎた。でも、お前の髪、好きだから、ずっと撫でていられる」

もっと強めに名前を呼べば、さすがに手を離してくれた。見上げた熾月くんは、眉を下げて困ったような表情を浮かべている。所在なさげな手は、どうやら物足りないらしい。まだ! もっと! 撫でたいというかこの人は!
方々に跳ねた髪を手ぐしで整えながら、「好きなのは私の髪だけですか」と意地悪く聞けば、熾月くんは軽く目を見開いた後、ふっと吹き出した。

「可愛いな、お前」
「質問の答えになってないよ熾月くん!」
「はいはい」

肩を震わせて笑う熾月くんは、なかなか答えを返してくれない。そんなにツボに入りましたか。なぜだ。

「熾月くんが好きなのはー、私の髪だけですかー?」
「ああ、拗ねるな。拗ねても可愛いだけだ」
「む……

ふふ、と払うように息を吐いた熾月くんは、人差し指の背で頬をくすぐってきた。ちょこちょこと頬の上を跳ねる指がこそばゆい。

「俺がお前にべた惚れなのを一番知っているのは、お前自身だろう?」
「んー……

真っ直ぐ言われると、なかなか肯定するのも気恥ずかしい。照れて目をそらせば、「逃げるな」とからかい混じりの声色で制される。窺うように見上げた熾月くんは、真っ赤な瞳をうっそりと細めた。頬をくすぐっていた指が、首の方へ流れる。触れた大きな掌が頬を包んだ、と気付いたときには、目の前の彼に呼吸を奪われていた。

「んっ、ぅ」

ついばむように二度、三度。唇同士を触れ合わせては、表面を舐めて離れていく。懐に入れた相手には、わかりやすく甘えるのだということに気付いたのは、割と最近だ。戯れのようなキスに、私も柔らかく唇を返す。すぐに軽く食まれてしまった。

「しづ、きくん……っ」
「ふ……。お前は本当に、俺を甘やかすのが上手いな。どんどん、溺れていく……

これ以上溺れたらどうなるんだろうな、と私に問う熾月くんの目は、煮詰められたように揺れていて、彼の熱で、私まで沸騰しそうになって――

「それで?」
……っ」
「どうなったんだ。お前は、どう答えたんだ?」

唇の端をつり上げて、目の前の熾月くんが意地悪く笑う。私は言葉を探して、口を開閉させることしか出来なかった。

「し、熾月くん、もう勘弁して……!」
「いいや。ここで止めた方が気になるだろ」

なあ、とささやく熾月くんの掌が、私の頬を包み込む。あのときのように。

「お前の夢に出てきた俺は、何をしたんだ? お前は、俺の問いかけに、どう答えたんだ?」

聞かせてくれよ、と熾月くんは笑って、私の唇をついばんだ。何かを言おうと口を開いても、言葉を攫うように塞がれる。

「これ以上溺れたら、俺をどうしてくれるのかな、お前は」
「っ、もう……!」

もう、こんなことになるって分かってたなら、「あのね、今日の夢に熾月くんが出てきたんだよ!」なんて軽率なこと言わなかったのに!


もかちゃんより